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ぽちぶろぐ

真田氏、万年筆、灯台など興味あることを徒然に書いてみます。

真田庵(善名称院)御朱印

真田氏 真田氏御朱印 関西地区

通称、真田庵善名称院の御朱印です。

 真田昌幸、信繁親子が関ヶ原の戦い後に家康に蟄居を命じられ幽閉された地である和歌山県九度山にあります。意外かもしれませんが、善名称院は尼寺です。敷地には昌幸公墓があります。昌幸公の墓はここ以外に真田町の真田氏菩提寺である長谷寺にもあります。(長谷寺についてはまた後日)

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善名称院は尼さんお一人で守っておられます。ですので、対応できない時間や日がありますので、失礼のないように御朱印をいただきましょう。なかなか厳しい方なので、御朱印をもらう前にきちんとお参りし、雰囲気を壊すような振る舞いは慎む方がよいでしょう。愚痴のようなお説教をいただくことがありますが、ボクは含蓄に富んだ話が多いと思います。あっ、そうそう、御朱印をいただく際には御朱印帳に挟んだままの紙(朱印移り防止用の紙)は必ず取り除きましょう。ずっと挟んだままにしておくものではない、と注意を受けます。

 九度山は信繁公にとってもっとも長い時間を過ごした地でもありました。真田や上田の方が滞在期間としては短いんですよね。次男坊の宿命か、幼い頃からあちこちに人質となって出ているので、結果として大坂や九度山の暮らしの方が長くなった。大河ドラマでは信幸が長男の苦労を嘆いていたけど、信繁もたいがい苦労したんでしょうね。ただし、信繁は真田庵に居住していたわけではなく、すぐ近くに家を建ててそちらで暮らしていたことが近年の学術調査でわかっています。真田庵は蟄居中の真田屋敷、父である昌幸の居館でした。昌幸没後、たたりがあったとかで真田庵敷地には昌幸を祀った真田地主大権現があります。真田地主大権現は真田三代と毘沙門天の合祀です。

 写真も含め、また改めて真田庵自体の紹介をしたいと思います。