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ぽちぶろぐ

真田氏、万年筆、灯台など興味あることを徒然に書いてみます。

真田神社御祭神の御朱印

 さて、昨日真田神社の御朱印を紹介しましたので、真田神社に祀られている真田氏の御朱印を紹介しておきましょう!

 まずは真田氏中興の祖、幸綱公から。前にも説明しましたが、御祭神のお名前は奉じられた際のものですので、「幸綱」ではなく「幸隆」となっています。幸綱公の諱がいつから幸隆公となったのか、謎のままです。

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最近、信繁(幸村)公よりも人気があるかもしれない、上田城初代城主の昌幸公です。「表裏卑興」っぷりがすっかり定着した草刈正雄さんの昌幸公はボクのイメージでは一番しっくりしていると思っています。

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苦労性のお兄ちゃん、信幸公です。「真田丸」では改名させられたことになっていましたが、実際には徳川への忠義を示すため自ら改名したとされています。「真田丸」では家康の老獪さ(いやらしさ?)を強調するためなのか、家康の命令ということになっていましたが、どうなんでしょう? しかし、身内に敵対する、しかも最も手こずらせた親子なのに、しっかりと真田家を守り通した信幸公の手腕は昌幸に勝るとも劣らずではないか、と思います。弟に比べてやたらと誠実さが強調されているようですが、強かさは弟以上でなければ、あんな古狸連中を相手に立ち向かうなど到底できないことでしょう。

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戦国時代の幕を引くヒーロー(?)、ご存じ真田幸村公です。

『日ノ本一の兵』と呼んだのは薩摩藩藩主島津忠恒です。フルで言うと、「真田日本一の兵、古よりの物語にもこれなき由」(『旧記雑録』慶長20年(1615年)6月11日条)。また細川忠興にも「古今これなき大手柄」と賞されました。なんのかんの言っても、ボクが最初に真田氏に惹かれたのはやっぱり「幸村公」でしょう。主君を守ろうとして殉じた武将というのはやはり日本人のDNAに強く訴えるものがあるのでしょう。江戸時代の戯曲を通してドラマチックに脚色されすぎていますが、心惹かれてやまない人物です。それに、徳川への当てつけとかいろいろ言われていますが、島津氏や細川氏が激賞するということは、それだけのことを示していると思います。島津氏や細川氏が評したときは脚色がまだなされていなかった時期と思いますから。

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