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ぽちぶろぐ

真田氏、万年筆、灯台など興味あることを徒然に書いてみます。

インク分析(パーカー・ペンマン サファイア Parker Penman Sapphire その①)

万年筆 インク

 そろそろ万年筆関連の記事をば。

以前から、友人のK氏より、パーカーのペンマンサファイア(Parker Penman Sapphire)というインクを預かっています。万年筆をある程度趣味としている方だったら、一度は耳にしたことがあるという、悪名高きインクです。「悪魔のインク」とも呼ばれているそうなw どないやねんww

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なんでそんな風に言われるようになったかっていうと、何でも吸入式の万年筆(Pelikanだったかな?)のインク窓(万年筆内にインクがどのくらい残っているかが見える透明な窓)が曇って中身が見えなくなってしまったとか、Auroraのオプティマに入れてたら、インク窓からボキッと折れてしまったとか、恐ろしい噂が飛び交っています。おもしろいことに、このインクを作っているパーカーの万年筆ではこういったことは起きていない、ということ。当たり前ですが、自社製万年筆ではちゃんとテストしているんでしょう。

万年筆の軸材料はいろいろあります。一番オーソドックスなのが、エボナイト。その他、さまざまな樹脂や金属、木材などがありますが、ここで問題にしなければならないのがインク窓用の材料です。インク窓は当然ですが透明でなければならないので、候補となるのが以下のような四大透明樹脂と言われている樹脂です。

ポリ塩化ビニル(PVC)

PET(ポリエチレンテレフタラート

アクリル(ポリメチルメタクリレート、PMMA)

ポリカーボネート(PC)

ちなみにインクカートリッジに使われているのは少し白濁していますが、ポリプロピレン(PP)です。PPは耐薬品性に優れ、衝撃にも強いのでカートリッジ向きでしょう。これらの四大透明樹脂の中でインク窓として使われているのはアクリル樹脂だと思います。アクリル樹脂は非常に透明度が高く、ガラスを軽く上回ります。この性質を利用しているのが水族館の水槽の窓材です。ガラスは大きくぶ厚いものを作ることが大変困難な上に厚みが増すと青い色が強く出ます。これはガラスを製造する際に炭酸ナトリウムや炭酸カルシウムを使うことによって、ガラスはごく薄い青色になります。一見透明ですが、ガラスの端面が青いのを見たことがあると思います。これに対し、アクリルは分厚く作っても透明度は変わらず、曲加工や貼り合わせによる加工もしやすいので水族館の窓材には向いています。同様に、アクリル樹脂はインク窓材として用いられている可能性が高いと思われます。アクリルは耐薬品性はそれほど高くはないですが、通常の水性インクでダメージを食うほど弱くはありません。ただ、有機溶媒にはそれほど強くもありません。

で、件のペンマンインクサファイアですが、なにかアクリルを冒す有機物質が含まれているのではないか、ということで、溶媒抽出してみました。

溶媒抽出とは、2種類の混じり合わない溶媒、たいていの場合、水とヘキサンなどの有機溶媒を振とうし、一方の溶媒に溶けている物質を他方へと抽出する方法です。溶質はより溶けやすい溶媒へと移動します。例えば、水中に溶けている有機物は有機溶媒と振とうすることによって水から有機溶媒に移動します。インクの溶媒は水ですから、有機溶媒と振り混ぜると、インクの中に溶けている有機物や有機溶媒に可溶な物質の一部は有機溶媒へ抽出されるはずです。
で、ペンマンインクを有機溶媒であるn-ヘキサンと1,2-ジクロロエタンを使って溶媒抽出してみました。
インク1.5cm3に有機溶媒を4.5cm3入れたところ。n-ヘキサンは密度が0.65g/cm3と水(密度1g/cm3)に比べて軽いので、水相、つまりインクよりも上側になります。一方、1,2-ジクロロエタンは密度が1.25g/cm3であり、水よりも重いので、インクよりも下側にあります。
それぞれの有機溶媒の性質について、簡単に説明しますと、n-ヘキサンは化学式C6H14であり、直鎖のアルカンです。灯油に似た匂いがしますが、実はガソリンやベンジンの主成分です。ちなみにシンナーの主成分はトルエンです。水にはほとんど(まったく)溶けません。見た目は無色透明な液体です。下の遠沈管の材質がPP(ポリプロピレン)であるため、薄い白色であるので色が付いているようにも見えますが、実際は透明です。
1,2-ジクロロエタンは塩素系の有機溶媒であり、ツンとする特有の匂いがします。こちらも無色透明です。ヘキサンとジクロロエタンはアクリル樹脂の耐性に違いがあります。ヘキサンの場合長時間付けておくと多少、樹脂を柔らかくすることがありますが、ジクロロエタンはアクリル樹脂を溶かしてしまいます。ジクロロエタンはこの性質を利用してアクリル同士を接着することができます。アクリル樹脂は硬くて透明度の高い樹脂で万年筆にもよく使われます。これらの有機溶媒の性質を応用して、ペンマンインクの溶媒抽出を行ってみました。

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A:インク+n-ヘキサン、B:インク+1,2-ジクロロエタンです。これを振とう機にセットして、

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10分間、激しく振とうします。

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 この装置は人間の腕の動きに近い振とうをすることができるので、抽出効率が高くなります。

十分振とうした後、遠心分離機にセットして3000rpmで3分間高速回転して遠心分離します。

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外見は炊飯器みたいですが、遠心分離機ですw

で、分離したものがこれ。

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①(上側)n-ヘキサン、(下側)ペンマンインクサファイア

②(上側)ペンマンインクサファイア、(下側)1,2-ジクロロエタン、

③(上側)n-ヘキサン、(下側)Pelikan ロイヤルブルー、

④(上側)Pelikanロイヤルブルー、(下側)1,2-ジクロロエタン、

です。比較のためにPelikanのロイヤルブルーも同じ操作をしました。この後、1時間ほど静置すると、こうなります。

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上と下の界面が上の写真よりもはっきりとしています。

まずは右側、③、④のPelikanロイヤルブルーですが、ヘキサン、ジクロロエタンのどちらもほとんど変化は見えません。透明な物質が抽出されている可能性はありますが、とりあえず変化なしとしておきます。少し白っぽく見えるのはこの遠沈管がポリプロピレン製だからです。振とう前の写真と比べて色の変化はないと思います。

一方、①、②Parkerペンマンインクは、①のヘキサンは大きな変化は見られませんが、②のジクロロエタンには劇的な変化が見られます。赤~赤紫色に変化しています。単純に考察すると、水溶液であるペンマンインクからジクロロエタンに溶解する物質が抽出され着色した、その物質はジクロロエタン溶液中で赤~赤紫色になるということを示しています。このことは何を示すか、というと、ペンマンインクより抽出された成分はジクロロエタンに近い性質であると推測することができます。一般に溶媒は似ている性質のものが溶けやすいのです。例えば、水と油はお互いに性質が大きく異なりますので溶け合わず、それぞれ親水性、親油性(疎水性)の物質を溶解します。また有機相に透明な物質が溶けているかどうかわからないので正確なことは言えませんが、現段階ではPelikanロイヤルブルーは親油(疎水)的な物質はあまり含まれていないと考えられます。これに対し、ペンマンインクは赤っぽい親油的、かつヘキサンではなくジクロロエタンに近い物質が含まれていると判断することができます。

これから何がわかるか、というと、ペンマンインクに含まれている有機物はジクロロエタンに性質の類似した物質であるということです。ここで思い出してほしいのは、ジクロロエタンはアクリルを溶かすことができる、という性質です。つまり、

『ペンマンインクに含まれている有機物もジクロロエタン同様、アクリルを溶かす性質である』

可能性が高いということになるわけです!!

 ということは、これまで巷で言われてきた、ペンマンインクが(アクリル材と思われる)インク窓を曇らせる、インク窓がペンマンインクに冒されてへし折れるということは、ペンマンインクが原因である可能性が非常に高いと言えるわけです。

たぶん、ペンマンインクがちょこちょこと付いたくらいではそう簡単にアクリルが曇ったり、折れたりしないのでしょうが、始末が悪いことに、インクは入れたままにしておくために、アクリル窓がインクにずっと触れたままになってしまいます。インクとの接触時間が長くなると、当然劣化も進みますのでより冒されやすくなってしまいます。

いやー、おそろしいですねえw

 と、いうことで、ペンマンインクサファイアの調査その①でした。次は時間があれば、抽出した物質の吸光度測定、およびFTIR測定を実施してみます。