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ぽちぶろぐ

真田氏、万年筆、灯台など興味あることを徒然に書いてみます。

再開しま~す。U^ܫ^Uノ

今年に入ってからいろいろあって、ブログを中断していましたが、良くも悪くも決着しましたので、そろそろブログも再開したいと思います。

 

・真田&お城関連=>上田城の紹介から

・万年筆関連=>ペンマンインクその後、濃縮

灯台=>北海道の灯台

 

を予定しています。

 

ぽち拝

謹賀新年

あけましておめでとうございます

旧年中は何かと世話になりました

本年もどうぞよろしくお願いいたします

 

本ブログは今年も

・真田氏関連施設、文献、御朱印

灯台のご紹介

・万年筆関連、インクの研究

・城のご紹介

・ダムや旅行などで訪問した施設のご案内

などをメインに進めたいと思います。

特に真田氏御朱印はありそうで案外ないので、データベース化したいと思います。

今後もご覧いただければ幸いです。

 

2017年元旦  ぽち拝

 

 

今年一年を振り返って

いよいよ今年も残すところ、あと一日。というか、これを書いている時点ではもうほとんど残りはないんですがW

 今年は何と言っても真田ファンにとっては『真田丸』の一年でした。やっぱり大河ドラマの影響ってすごいなあ、と痛感させられましたね。僕自身は真田丸が放送されるよりもずっと以前から真田ファンだったので、真田丸があったから急にどうこうというわけではなく、真田町や上田、松代、九度山、大阪などの訪問もやっていました。ですが、真田丸から派生するイベントや施設、特別公開、展示会などが目白押しで、三十年前の「真田太平記」以来の盛り上がりだったことは間違いないところです。

特に展示会があったことは喜ばしいことでした。4月29日から始まった両国の江戸東京博物館真田丸特別展はよかった。なかなか普段では見られない展示物が一堂に会したわけですからね。取り分け感動したのは福井県の孝顕寺にあった真田地蔵の展示でした。この真田地蔵は信繁公を討ち取ったとされる西尾仁左衛門菩提寺であった孝顕寺に信繁公の御首級を埋めた首塚があったようです。ただし、真田関係者がこの信繁公の首級を取り戻しにくることをおそれて寺のどこに埋めたかは秘密とされました。実際に孝顕寺に行ってみましたが、それらしい塚もなにもありません。しかし西尾氏は信繁公の供養として首塚に真田地蔵を作ったのです。信繁の祟りを恐れたためかもしれません。この真田地蔵は現在では福井市立郷土歴史博物館に保管されています。通常は展示公開されておらず、特別に申請があれば見せていただくこともできるということでした。その真田地蔵が真田丸特別展で展示されていたのです。特別に申請ってどうやるのだろうと思っていたのでまさに渡りに船でした。このようになかなか目にできないものを拝見できる展示会は真田丸のおかげだったわけです。他にも珍しい展示品や遠くまで行かなければならないような品も多くて喜ばしいことでした。そのおかげで。一度目は14時ごろ入場したのですが、半分ほど見たところで閉館の17時になってしまい、17時半に会場から出されてしまいました。w

結局、真田丸特別展には4回も行ったという。ww

初回(4/29)は比較的すいていましたが、だんだんと多くなり、6月に行ったときにはかなり混んでいて、真田丸人気を伺うことができました。

ただ、以前のブログでも取り上げましたが、真田氏に関連する施設では必ずしも真田丸放送を諸手を挙げて歓迎しているわけではなく、むしろ「一日も早く終わってほしい」と望むところもあって、人気が出ることはよいことばかりではないようです。

実際、以前は御朱印など丁寧に対応していただいたところも、あまりに訪問者が増え、かつ礼を失するような人も多くて、とうとう御朱印をやめてしまったところもあったようです。御朱印専門の方を置くような、大きなお寺や観光に対応したお寺であれば、それもいいのかもしれませんが、真田丸紀行等で紹介されたお寺はその地域の”お寺”ばかりでしたから、あまりずうずうしいのはどうか、と思います。そんな人がいただいた御朱印を大切にするとは思えませんしね。

何にしても今年は真田丸の年でした。来年はボク自身は変わらないと思いますが、真田関連はイベント等がなくなって少し落ち着くでしょう。上田の渋滞は少しは解消するでしょうし、ホテルの満室も減るでしょう。僕にとってはありがたいところですが、活気という点では寂しくなりそうです。日本人はブームに乗りやすく、冷めやすいところがありますからね。それでもこれまで真田氏やそれに関連した施設を目にすることもなかった人が少しでも興味を持ってもらったのであれば、よかったのかもしれません。

さて、真田丸のことばかり書いてしまいましたが、来年は少し控えていた灯台やお城訪問も再開したいところです。

本年も残りわずかとなりました。

お世話になった方々、このブログを読んでいただいた方々に感謝します。

 

それでは、よいお年を!

 

仕事納め。

 今日は今年の仕事納め。

少し早めに仕事を終えました。

うーん、今年はなぜか年末感がないですねえw

例年になく、特に年末感がない。スーパーに行くともう、これでもかって言うくらいお正月のおせちの材料やセットが所狭しと売られているんですけどねえ?

微妙な風邪がずっと治らないので、帰省はとりやめました。風邪引いているときに飛行機に乗ると、耳に水が溜まるという、航空性中耳炎(で合ってるかな?)になって、耳の中(鼓膜か?)が痛くて堪らなくなるんです。音も聞こえなくなるし。山から下りてきたときに音が聞こえにくくなると思いますが、あれが何倍もひどくなったと思っていただけたら近いですね。

 

昨日飲んだ、一部の方にとっては悪魔のような薬だと言われている『ジスロマックSR』は僕には合っていたのか、大した副作用もなく、かなりよくなってきています。少し下痢気味、という程度で腹痛は全くなし。下痢気味(汚くてすみませぬ)と言っても、腹を押さえてトイレに行かなくてはいけないというような切迫したものじゃなくて、出るのが軟便(連続で汚くて重ね重ねすいませんw)っていうくらい。まあ症状がひどい人からしたら、副作用とも呼べないくらいですなw

このまま収束してくれたら、正月は元気に過ごせそうです。

三が日のうちに山家神社に訪問して、限定御朱印をいただきたいですねえ。

 

 

風邪薬いろいろ

 先日に出かけたお城EXPO以降、いまいち体調が悪い。

これからいろいろとイベントがあるのに、これでは参加がおぼつかないかも、ということで耳鼻科に行ってきました。風邪ですが、症状が鼻水と咳なので、耳鼻科の方が向いているだろうということで。

 実は一度、同じ耳鼻科に掛かっていたのですが、出張やなんやで再訪できず、より悪化、というより別のをEXPOでもらってきたのかもしれません。

一度目に受診した後、いただいた薬は全く効いていません。なので、さっさともう一回いくべきだったんですけどねw

 職場に最寄りの耳鼻科なのですが、ここはなんというか、一度目の受診で指定される薬はほとんど効きません。今回も一度目のはまったく効かなかった。んが、二回目に行ったときに全然効果なかったですよ、と少し強調して訴えると、何かぶつぶつと言いながらカルテにメモを書き込んだり、時折質問をしながら薬をあれこれ考え込み始めます。前回の風邪の時は二回目の薬がよく効いてすぐに直りましたので、今回もうまく効いてくれるでしょう。

で、その結果、処方されたのが、モンテルカスト錠、カフコデN配合錠、そして、これ。

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ジスロマックSR成人用ドライシロップ2g。

なにこれ?

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医者と薬剤師さんの話によると、この中に粉末の薬剤が入っているので、”ここまで”と書いているところまで水を入れた後、よく振り混ぜてから服用してください、とのこと。うーん、変わっている・・・。

これを薬局で購入したとき、

「今、食後何時間くらい?」

と聞かれたので、

「うーん、2時間以上は経っていますねえ・・・」

と言うと、

「じゃあ時間的にはちょうどいいので、帰ったらすぐに飲んでください」とのこと。言われるままに”ここまで”水を入れてよく攪拌。それがこれ。

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泡立っているせいか、ちょっと濃いめのカルピスぽいなあ?

水に溶かす前はグラニュー糖っぽい粒状の粉末が入っていました。その性って訳ではないと思いますが、なんか甘い匂いがしている?

迷っていてもしょうがないので、ぐっと飲んでみました。うえー、甘すぎる!

色合いや雰囲気からカルピスやヨーグルトっぽい味をしているだろうと思ってたのですが、思った以上に甘い!

これって最初から液状のシロップにしておけばいいんじゃないの、と思いつつ、こっちの方が保存期間が長くできそう、とも思いました。

飲み干した後、どのくらいで効くのか、それから評判はどうなのか気になってきたのでネット検索してみました。お医者の話だとかなりよく効く薬らしいんですが・・・?

ジスロマックSR」で検索すると、出るわ出るわ、大量の副作用を訴えるブログやホームページが!?

ナニコレ!?

簡単にまとめると、この薬は非常によく効く反面、人によってはかなりきつい副作用が出るらしい。特に腹痛や下痢はもう経験したことのない腹痛らしい。

うーん、職場で飲んじゃったよ・・・。電車の中で下痢が来たらどうしよう? 大惨事w

ビクビクしていたのですが、飲んでから1時間、2時間と過ぎても特に腹痛もなく、どうやら僕には恐怖の副作用は起きなかったらしい。まあ、ほとんどの人が大丈夫だろうから許可が下りたんだろうし。

しかし、これは薬として見てもかなり強力らしく、また長時間体に残って効力を発揮するところから、1週間は持続的に効果を発揮するとのこと。

合わない人はその間、ずーっと副作用に苦しむことになるという。

おそろしや・・・。

今のところ、副作用らしい副作用はなく、咳や鼻水も治まってきているので、僕には問題なさそう。

よかった、よかったw

 

 

お城EXPOに行ってきました。(下)

 さて、昨日に続いて「お城EXPO in パシフィコ横浜」訪問記です。

思った以上に紹介したい写真が多かったのもありますが、現存天守の大型ジオラマがあったので、天守クイズをやってみたくなりました。

①~⑫のお城の天守はそれぞれ何城でしょうか?

まあ、現存天守なんて、誰もがご存じであるでしょうから簡単ですね。

ヒント:

⑤と⑧は超有名なお城ですね。⑦は最近紹介しました。それから⑩は最近国宝になったお城です。②はもっとも有名なゆるキャラのお城です。

※答えは一番下に記載しました。

 

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答え:

松江城、②彦根城、③犬山城、④丸岡城、⑤松本城、⑥弘前城、⑦備中松山城、⑧姫路城、⑨丸亀城、⑩松山城、⑪宇和島城、⑫高知城

お城EXPOに行ってきました。(上)

 今日はちゃんとブログネタですw

本日はパシフィコ横浜で開催されていたお城EXPOに行ってきました。

www.shiroexpo.jp なかなかマニアックな企画だなあ、と思っていたのですが、最近はお城ブームらしく、思った以上に混み合っていて驚きました。

 

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お城EXPOってなんぞやと思われるでしょうが、まあ何というか、まんまお城好きのための企画です。(説明になっとらんなw)

基本になるのが日本100名城です。日本100名城とは、財団法人日本城郭協会が2006年に定めた日本の名城を100城選択して制定した「日本名城100選」のお城のことです。

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100名城の写真や簡単な紹介などがパネル展示されていました。

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神奈川県の小机城もw

実は廃城マニアには有名なお城ですが、一般的にはそれほど知られていないお城です。ここでプッシュされているのを見て、思わず、おっ!、と声を出してしまいました。あんまり整備されすぎるのもなあ、と思ったのですが、展示ブースの方に聞いたら、再建などは行われず、遊歩道などの整備程度とのこと。うむ、それならありがたい。(えらそう)

以前は草ボウボウでしたからねえ・・・。

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あちこちのお城の紹介ブースも出ています。やはり国宝に指定されているお城は外せないでしょう。ここは犬山城のブース。犬山城現存天守のお城です。

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国宝犬山城

 それから松本城

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www.matsumoto-castle.jp そして松江城

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www.matsue-tourism.or.jp 松江城は去年(2015年7月8日)、国宝に指定されました。そのせいか、観光協会(?)の熱の入れようは他の比ではありません。高い石垣の美しいお城です。天守からは町並みがよく見える、いいお城ですよ。

 この他にもこのようなお城の絵図も展示されています。これは仙台藩の片倉氏居城である白石城。白石城は再建城ではありますが、かなり忠実に再建されていますので、再建城でも見る価値はあるお城です。

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www.shiro-f.jpで、やっぱり、これ! お城のジオラマです。こんな風にお城を見下ろして見ることはほとんどないので、ジオラマの風景はなかなか興味深いのです。これも天守の残っている高知城です。

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kochipark.jpこれは三大山城の一つ、奈良の高取城です。三大山城とは岐阜の美濃岩村城、この奈良の大和高取城、そして先日ご紹介した岡山の備中松山城です。高取城はまだ登城したことはありませんが、ぜひとも行ってみたいお城の一つです。高取城は日本一の山城とも呼ばれますが、それは一番低いところの城門(大手門?)から天守までの標高差がなんと390mもあるためです。有名な朝来の竹田城は山の頂上に城郭が集中しているのに対し、高取城はジオラマのように、山の斜面を存分に生かした山城です。竹田城は麓からの標高が350mほどなので、高取城はほぼ竹田城の標高を使った山城ということになります。ちなみに高取城の標高は583mですから、高さも高取城が勝っているのです。

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sightseeing.takatori.infowww.nara-su.ac.jp松本城は雪化粧のジオラマ。

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萩城は堀割の水は海水で、城は海に突き出している半島のようなところに建っていました。今は天守も何もなくて石垣だけが残っています。こうしてジオラマを見ると、あの石垣の上はこうなってたんだなあ、と感慨深いものがあります。

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hagishi.com

で、これが有名になった天空の城、竹田城です。これは城の周辺だけですが、実際は山の上にぽつっと建っていたので、ちょっと天気が悪いと雲の中にすっぽりと隠れてしまい、それがペルーのマチュピチュっぽいところから日本のマチュピチュと呼ばれています。まあ、マチュピチュとくらべるのはどうかなあ、と思わなくはないですが、山城としてはよくこんなところに、と思うようなお城です。

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wadayama.jp忘れてならないのが熊本城です。ここは特別に展示コーナーが設けられていました。ここは天守は再建ですが、美しい石垣の残っているお城です。今年の熊本地震でその石垣も崩れてしまいました。

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熊本城のジオラマ。こうしてみるとかなりな規模のお城です。加藤清正は猛将というイメージで、真田丸でも粗暴な風に表現されていましたが、実は統治者としてはかなり優秀で、築城の名手でした。このお城を見るとその素晴らしさがよくわかります。

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熊本城の地震前と後の写真が展示されていました。もとの石垣が素晴らしいだけに現状が痛々しいですね。

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wakuwaku-kumamoto.com熊本城は災害復旧支援金寄付の募集を行っています。少額ですが、僕も会場で寄付してきました。さすがにこのお城EXPOに来場される方は城好きばかりなのでけっこう寄付も集まっていたようです。一万円以上寄付すると、「復興城主」に認定され、いろんな特典があるようです。

ここで終わりとしたかったのですが、もうちょい紹介したいことがありますので、明日もお城EXPOの紹介を続けます。

 

『真田丸』終了記念 一心院

真田氏 真田氏御朱印 東北地区 真田丸

 『真田丸』では安居神社と思われる神社の境内で切腹するかのような終わり方でしたが、全国には幸村生存伝説がたくさんあります。今回はその一つ、秋田県大館市に残る逸話です。僕自身、この手の逸話を信じているわけではありませんが、それでも人々が幸村公を生かしておきたいという気持ちには強く共感できますね。

 安居神社で討ち取られたのは幸村の影武者で、幸村は秀頼と大助を伴って薩摩まで逃げた、という。これは西尾氏によって持ち帰られた幸村公の御首級が、家康の前で首実検が行われた際に、叔父である信尹がはっきりと幸村の首だと見分けられなかったこと、それから幸村の活躍を薩摩藩初代藩主である島津忠恒が激賞し、「真田日ノ本一の兵、古の物語にもこれなき由」と評したことが『薩摩旧記雑録』に記述されています。これが伝わって、真田幸村のキャッチフレーズが「日ノ本一の兵」になったのです。しかし、忠恒は大坂の陣には参戦しておらず、幸村の活躍は直接は知らないはずです。これは島津氏が徳川氏に含みを持っていて、その家康が幸村の猛襲に慌てふためいて逃げ出したことに快哉を叫んだのではないでしょうか。だからあくまで「武士としてあっぱれだ」と賞賛したのでしょう。これが島津氏も真田びいきと世の人には映ったのかもしれません。その関係か、

花のようなる秀頼様を鬼のようなる真田が連れて退きも退いたり加護島へ

という童歌が流行し、あたかも幸村が鹿児島へ逃げ伸びたと思わせるように思われたのです。実際は願望込み、でしょうが。で、その後、幸村と大助は鹿児島で生涯を終えたという説もありますが、薩摩で数年間過ごしてほとぼりを冷ました後、大助を連れて奥州に旅立ったというのです。奥州は伊達氏が治めていた土地であり、大坂の陣のときに密かに大八と娘達を預けていました。大八の存在は絶対極秘にしなければなりませんが、幕府は娘達の処遇には比較的寛容でした。その関係で幸村は奥州へ向かったとされたようです。その後、幸村と大助は大館の岩神に住みつき、「信濃屋長左衛門」と名を変えて商人として75歳で生涯を終えたとなっています。その信濃屋長左衛門の墓が秋田県大館市の一心院という寺にあるのです。

真田幸村の最期の地、大館 - 秋田県大館市一心院 

 

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当然ですが、武将の菩提寺というわけではないので、寺の定紋六文銭ではなく、皮肉なことに三葉葵です。

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ここはいわゆる観光寺ではなく、一般的なお寺ですので、訪問の際は観光協会やお寺に問い合わせる必要があります。僕は予め連絡しておいたら、なんとご住職が対応してくださいました。しばらく本堂で幸村伝説にまつわるお話を聞くことができました。

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で、こちらが幸村公と言われている信濃屋長左衛門のお墓です。どちらも長左衛門のお墓ですが、右側の少し白っぽい方がオリジナルのお墓。ご覧のようにすっかり風化して表面に掘られた文字が全く読めなくなっています

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そこで改めて立て直されたのが左側のお墓です。「信濃屋長左衛門」以外に「真田左衛門佐幸村」と掘られています。

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このお墓は昭和28年の長左衛門の313回忌に信濃屋長左衛門の子孫の方が建立されました。子孫が居るということは少なくとも信濃屋長左衛門が実在していた、ということになりますよね。幸村かどうかはともかく。

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こちらの地蔵堂は幸村公が奥州を巡礼する際に背中に背負ったと言われる張り子のお地蔵様を納めたお堂です。残念ながら本物の張り子のお地蔵様は戊辰戦争のときに焼失したと言われています。しかし、これだけあれこれ揃っていると一概に作り話の一言で片付けられないような気がしてきます。繰り返しになりますが、長左衛門はいたんでしょうからねえ。

まったく関係ないならば、死後に自分があの幸村公になっていたとしたら、長左衛門さんもびっくりでしょうねえ。

幸村公と言われる信濃屋長左衛門のお墓は立て看板に場所が書かれています。が、非常にわかりづらいと思いますよw

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一心院

秋田県大館市谷地町96

山号 起行山

宗派 浄土宗